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ニーチェのルサンチマン的な視点から見る正義と企業文化

3月5日
読了時間: 10分

更新日:4月26日



ニーチェのルサンチマン的な視点では、正義とは「権力者が定めるもの」と語られます。したがって、権力者の不条理がまかり通る世界で重んじられる“正義(=正しい存在)”は、不条理そのものということになります。

したがって、権力者の意に反するもの、すなわち不条理に立ち向かう者は、その世界では排除されるべき“悪(=間違った存在)”ということなります。

この”世界”を地域や社会、さらに企業などの組織・団体レベルにまで細かく落とし込んで考えてみると、状況は非常に複雑化します。というのも、組織・団体ごとに権力者、つまり”正義”が異なっているため、同じ地域や社会にさまざまな”正義”が混在することになります。


さて、企業文化は、組織の価値観や行動様式を形成します。特に、権力者の意向が強く反映される企業では、文化が従業員の行動に大きな影響を与えます。企業文化が健全であれば、従業員は自らの意見を表明しやすくなりますが、文化が歪んでいる場合、従業員は意見を言えず、結果的に組織全体が不健全な方向に進んでしまうことがあります。


ちょっとしたフィクション事例を作ってみました。


背景(設定)                 


A社は食品製造を営む創業70年の中小企業でした。地元での知名度は高く、業績は安定していました。A社は創業以来、自社の利益よりステークホルダーとの関係を大切にし、自分たちが社会に認められる存在であることに誇りを持っていました。その裏には「良いモノを創って、良い関係を築いていればお客さんは裏切らない。何かあったときに助けてくれる」という考えがありました。しかしながら数年前にM&Aを受け経営権を失いました。その後、買収企業が所有している複数社と合併することとなりましたが、うまく統制が取れませんでした。


ストーリー1 買収企業の正義         


買収企業はA社を買収してから5年後、A社・B社・C社・D社の計4社を合併し、新たにE社を設立しました。A社出身のFさんは、E社の経営企画室に配属されることになりました。

FさんはもともとA社の経営企画室で勤務していました。当時、A社では買収企業から派遣された社員が社長を務めていましたが、その社長はA社従業員の意見を聞かず、買収企業の手法をそのままA社の経営に適用したため、A社の強みは次第に弱まっていきました。

そのような状況に耐えられなかったFさんは経営企画室という立場から「A社を何とかしたい」と考え、経営層に対して何度も意見を伝えました。しかし全く聞き入れてもらえず、むしろ経営層はFさんを意図的に無視するようになっていきました。

今回、E社の中枢で働けることをFさんは好機と捉え、正式な会社方針としてA社の再建を進めようと考えました。しかしながら、E社の経営層もまたFさんの話に耳を貸そうとはしませんでした。

というのも、E社の経営層も買収企業から派遣された社員が担っており、この5年間のA社の弱体化についてもA社の社長から「会社の指示に従わない従業員が多く、計画通りに進まない」との報告を受けていたためです。その筆頭とされたのが経営企画室であったことを考えると、弱体化の根源とされるFさんの声に耳を貸さなかったのも当然と言える状況でした。

それでもFさんは諦めず、調査資料や提案資料を何度も提出しました。しかしながら、最終的にはその行動がE社経営層の逆鱗に触れ、「いつまでA社にこだわっているんだ!」と叱責される事態となりました。

「まあ、始まったばかりだ。信頼してもらえるようになれば、いつか役に立つ日が来るだろう・・・」とFさんは考え方を切り替え、前向きにE社の成長戦略の立案に取り組むようになりました。


ストーリー2 いびつな企業風土        


Aさんはまず、E社の現状を分析し、問題点を「会社の利益計画に無理があり、達成に必要な資源投入が不足していること」、「従業員の一体感が低く、企業としてのアイデンティティが失われていること」 「本社が各拠点や従業員に権限を委ねていないこと」の3点に絞り、その解決策をレポートにまとめて報告しました。

その結果返ってきたのは、「内容が素人レベル。経営企画として失格」「課長の資格はない。給料泥棒」 といった言葉でした。

続いて、新規事業の立案を指示され、外部環境を踏まえ、自社の強みを活かした市場浸透戦略をベースに複数案を提示した際も、「そんなものは売れない」「提案のセンスがない」「買収企業の新卒の方が使える」といった否定的な言葉が返ってきました。

さらに、毎月実施している経営会議では、経営層から「各部責任者の本気度が低い」「互いに気を使い合い、表面的な報告会に留まっている」 という問題意識が示されたことを受け、Fさんは 「議事進行の際に活発な意見が出なければ、自分が各部長に踏み込んだ質問や意見をぶつける」という改善策を提案し、経営層の了承を得ました。

ところが会議終了後、Fさんは経営層に呼ばれ、「会議の場で痛いところを突くな」「議事進行が下手」「しゃべるだけの社員は要らない」といった不満をぶつけられました。

そのほかにも、「終業後や土日からがほんとうの仕事だ」という指示を受けることもありました。繁忙期であれば時間外労働もやむを得ませんが、この考え方がE社の風土なのかと思うとゾッとしました。
(ちなみにこの会社、対外的には働き方改革の推進を公言しています)

実際にあったケースですが、翌朝出社すると、突然、「お前は使えない」「管理職の資格はない」「会長ならここから飛び降りろと怒鳴られるぞ」といった言葉を浴びせられました。一体何のことか理解できませんでしたが、パソコンを開き、メールを確認してようやくその意味を知りました。

いまから数時間前の深夜、上司から「朝までに対応すること」というメールが送られていましたが、Fさんはすでに就寝していたため、その事実に全く気が付きませんでした・・・これ、電話じゃないんです。パソコンでのメール指示なんです。

メールと連携したスマホは一部の社員を貸与されていましたが、Fさんは貸与されていなかったため、メールを確認するためには、パソコンを開き、ネットに接続する必要がありました。


その出来事があって以降、Fさんは、平日は早朝と深夜に、また休日は昼前後にも1回確認するようにしました。

こうした状況が続く中で、Fさんは次第にE社の企業風土についていけなくなり、精神的に追い込まれていきました。


ストーリー3 倫理観の欠如          


Fさんが精神的に追い込まれていく中、経営層の一人であり直属の上司でもあった経営企画室長から、衝撃的な一言を受けました。

「ハラスメントは受ける方が悪い!」

E社はコンプライアンス遵守を掲げ、相談窓口の設置や従業員教育も行っています。それにもかかわらず、このような発言が平然と出てくる・・・つまり、この会社では、外向けの姿と内向けの実態が大きく異なる“ダブルスタンダード”が常態化している企業風土だったのです。

そしてそのダブルスタンダードはハラスメントだけにとどまりませんでした。
なんと、業績においても同様のことが行われていました。

振り返ってみると、Fさんは経営企画室に所属していましたが、正確な会社の数値が共有されることはなく、毎月のように「計画数字が厳しい」と叱責されるばかりでした。指示を受けて現状把握を試みてはいましたが、一向に実態がつかめませんでした。

それでも不思議なことに、毎週のように厳しい叱責を受けていたにもかかわらず、翌月になると何事もなかったかのように、計画が達成していました。


ストーリー4 不条理な世界の正義       


E社の親会社である買収企業では、トップであるT会長の権限が非常に強く、E社の経営層(=買収企業からの出向社員)は、T会長が好む戦略や数字、提案内容を事前に把握し、その内容に沿った資料を部下に作成させるよう仕向けていました。

ところが、FさんはE社の現状や外部環境を真面目に分析した結果に基づき提案を行ったため、事前に入手していたT会長の“助言”(実質的には指示)とは異なる内容になりました。その結果、「これでは報告できない」と判断したE社の経営層は、Fさんを“悪”とみなすようになったと考えられます。

さらに、このT会長は暴言だけでなく人格否定までおこなう、また気に入らないと物を投げる、そして「ここから飛び降りろ」と怒鳴りつけることが日常的だったと言われています。これはハラスメントの域を超え、恐喝に近い行為ですが、その手法をE社の経営層もFさんにおこなっていました。

きっと、「俺たちも、T会長の力による統制で言うことを聞いている。あいつもこうすれば言うことを聞くはずだ」と考えたのでしょう。


T会長の下で育った買収企業の社員であるE社の経営層が、E社内でも同様に力による統制を行っていたのは、ある意味で必然と言えます。そして上層部が望む答えを出さない社員は、力(人事権)を使って排除する・・・つまり、E社の経営層が行ってきたのは、「E社の正義」に反する者を排除するE社の正義に基づく行為だったのです。

なお、T会長は何か思いつくと、深夜や休日であっても即座に電話やメールで報告を求める人物だったそうです。E社の経営層は社内の細部まで把握していないため、どうしても担当者の力が必要になります。その結果、24時間・休日を問わず、すぐに回答することが“正義”とされていました。

これ、ある意味では、トップの考えが末端まで一気通貫している、非常に“統制の取れた”会社とも言えます。しかし、一歩間違えれば、組織としてガバナンスがまったく機能しない、極めて危険な会社でもあります。

その象徴が、業績に関するスタンダードでした。本人たちは不適切会計と言っていますが、明らかに意図して行為に及んでいるため、一般的には「粉飾」と呼ばれる行為に該当します。

本来、経営企画室は会社が永続的に存続するための方針や戦略を立案する部署です。しかし、E社では、T会長が“助言”(実質的には指示)した数字を“作ること”が仕事になっていました。

今思えば、E社の経営層と経理責任者などが、何度も密室で打ち合わせをしている様子をFさんは目にしていました。そして毎月のように、業績は計画通りに達成される。結局、不正に手を貸した者が「計画達成に貢献した」と評価され、出世していく。こうして、T会長や買収企業が望む人材が次々と育っていったのでしょう。


ストーリー5 Fさんの進退            


長々と述べてきましたが、社会にはこのような企業が実際に存在します。そのため、買収企業やE社の企業風土を「正しい(=正義)」と感じる人も一定数いるでしょう。

そのような人々にとっては、「どんな手段を使ってでも数字を良くする」「経営層が望む提案を行う」「力で人を従わせる」そういった行為こそが“正義”であり、逆に、「数字よりも従業員や顧客を大切にする」「従業員や顧客のためになる提案をする」「理解と納得によって人を動かす」という考え方は、“悪”とみなされてしまいます。

冒頭で述べたように、企業ごとに「正義」は異なります。どのような正義を掲げるかは、各社の自由になりますが、一般的な正義と異なる行為が公になった場合、当然、説明責任が求められることになります。

仮に自分たちの正義が世間一般の正義と異なっていたとしても、それは「考え方の違い」として主張すればよいだけです。しかし、E社は、自社の非を認め、「コンプライアンスを遵守していく」と言い始めました。つまり、自分たちの正義が“社会的な正義”ではないことを理解したうえで、あえてその“社会的正義ではない価値観”を社内に浸透させ、異論を唱える者は排除し、従順な者を優遇してきたということです。

さらに不可解なのは、「再発防止としてコンプライアンス遵守を徹底し、社会的な正義を社内に浸透させる」と公表しながら、その舵取りを担うのが、これまで“社会的正義ではない”不正を行ってきた当事者たちであるという点です。

これまでE社のやり方に失望し、退職していった従業員は多くいます。彼らはE社が社会的正義から外れていることを理解し、E社を正しい方向へ導こうと戦ったものの、排除されていきました。一方で、社会的正義ではないと知りながら不正に手を染めてきた者たちが残り、今後はE社を“社会的正義”へ導こうとする・・・なんとも矛盾した構図です。

Fさんは、こうした状況に失望し、退職を決断しました。

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