サラリーマン社長が会社をダメにする?
- 2024年2月27日
- 読了時間: 8分
更新日:2025年10月30日
M&Aを仕掛けた企業(以下、買収企業)は、傘下に収めた企業(以下、被買収企業)に自社の社員を役員待遇で派遣し、場合によってはその社員を社長に就任させることもあります。では買収企業から派遣された社員は被買収企業を成長させることができるのでしょうか?ちょっとしたフィクション事例を作ってみました。

背景(設定)
A社は食品製造を営む創業70年の中小企業でした。地元での知名度は高く、業績は安定していました。しかしながら数年前にM&Aを受け経営権を失いました。その後、親会社から社員が派遣され、A社の社長に就任しましたが、そこから同社の経営状況が悪化していきました・・・。
ポイント1 損益計算書ばかり気にする
損益計算書はサラリーマン社長の社内評価表になりますので、税引き前当期純利益の数字を上げることを何よりも最優先に考えます。
損益計算書の数字を上げるための方法は数々あり、例えば「売上原価の低減」や「人件費の削減」を行うことも時としてあります。しかしながら、これらは中長期的な視点でとらえたときに必ずしも歓迎される施策とは限りません。むしろ会社を衰退させる要因になることもあります。
「売上原価の低減」は、期末在庫を増やすことで下げることができます。しかしながら、在庫の増加はキャッシュフローの悪化を招くことから中長期視点では、デメリットの方がおおきくなります。
経営者は中長期視点で会社の将来を考えることが必要になります。従って、単年の結果に執着することは褒められたものではありませんが、サラリーマン社長は、単年の結果にこだわるあまり、平気で在庫を増やし売上原価を下げようとします。
「人件費の削減」は、社員を減らすことで経費を抑えることができます。仮に最新機械の導入によって人員を減らし、生産性が上がるのであれば問題はありませんが、設備投資を行わないまま人員削減を進めると、労働者は疲弊し、うっかりミスや作業が疎かになる結果、品質不良が多数発生することから、デメリットの方がおおきくなります。
経営者は将来投資の一環として世代交代を含めた人員計画・配置、人材育成を考えていくことが必要になります。従って、単年の結果に執着することは褒められたものではありませんが、サラリーマン社長は、単年の結果にこだわるあまり、平気で人員削減もしくは非正規社員への切り替えなどで人件費を下げようとします。
損益計算書は一定ルールに従って、収益と費用を示したものになりますが、実際のお金の動き(儲け)を表したものではありません。それを儲けと錯覚し、損益計算書の利益だけを追求してしまうことは非常に危険なことです。
ポイント2 責任は次の社長
サラリーマン社長は買収企業に何十年間も在職することはありません(せいぜい5年程度です)。退任後の責任は次の社長に引き継がれますので、在職期間に発覚した問題をひた隠しし、表に出さないようにすることを何よりも最優先に考えます。
”問題”には、一般的にイメージされる”顧客の信頼を失いかねない類のもの”以外に、”設備や人など将来投資が必要にも関わらず、投資しないこと” ”修繕の先延ばし” ”不良在庫の未処分”なども含まれます。
冒頭、サラリーマン社長は損益計算書ばかり気にすると解説しました。
投資の効果は将来に結果がついてくるものであり、短期的には経費の増加に繋がるため、サラリーマン社長は、単年の結果にこだわるあまり、投資を控えようとします。そのツケは必ず将来にまわり、会社を衰退させる要因になりますが、問題が表面化したときには、きっかけをつくったサラリーマン社長はすでに退任しています。いわゆる「勝ち逃げ」というわけです。
例えば経営資源には設備や機械のほかに人的資源もあり、その将来投資として「人材育成(若手育成)」があります。
将来、会社の中核を担う人材を早くから育てることはとても重要になりますが、サラリーマン社長は、単年の結果にこだわるあまり、人員削減や非正規社員への切り替えなどの施策を通して、若手の人材育成機会が失われていることに気が付きません。
人件費削減により、ギリギリの人員になると、残った従業員の業務負担が増えることになりますので、日々の業務を行うことで手一杯となり、若手の育成機会は無くなります。結果として、ベテラン従業員が定年が近くなったときに初めて人材が育っていない、世代交代ができていないことに気が付き、焦ることになります。
施設や機械も同様です。故障しても修理しない、部品類の定期交換を延長することによって数年後の突発的な故障や品質クレーム発生リスクが高まります。
経営資源は金だけではありません。人やモノ(施設、設備)、情報もあります。それを金だけを追求してしまうことは非常に危険なことです。
ポイント3 お山の大将になる
東京には大小様々な企業が数多く存在しています。そのような競争が激しい環境下において自社の存在感を示すことは極めて難しいと思います。一方、A社は地方企業で、地元でも知名度が高い企業でした。行政、商工会、地元の企業団体などでも存在感がありました。また社長という肩書は他社との付き合いにおいて高い価値があります。従って、これまで東京で数ある企業のひとつの部長クラスとして勤務していた人が、地方で知名度の高い企業の社長に就任すると、周りから人が集まるようになります。
一般的に「権力は人を変える」と言われますが、周囲からチヤホヤされる結果、サラリーマン社長は自分が地方の権力者にでもなったかのような勘違いをし、周りの意見を聞かなくなります。
会社は法律上、個人以外に人格を認められた法人になります。周囲は法人としての人格者である”会社”に敬意を払っていますので、その代表を退任した元社長が個人として行政や商工会、地元の企業団体と付き合っても、在職時と同じような扱いを受けるかと言えば、そうはなりません。
70年という長い歳月をかけてA社の歴代社長が築き上げてきた法人としての信頼の上に周囲との関係が成り立っているのですが、あたかも個人が評価されていると錯覚してしまうのです。その結果、周りの意見を聞かなくなり、それどころか自分の意見に反論する者を排除するなどの暴挙にも出ます。必然とイエスマンしか周りに残りませんので会社を成長させるようなアイデアが出てくるはずもありません。
社員は社長のために働いているわけではありません。会社のため、お客さんや地域、仲間のために働いています。そのために良かれと思い意見したことが、社長に意見することが許されなくなるならば、次第に誰も何も言わなくなります。新たな価値の創出、時代への適合は企業存続に欠かせない要素になります。それを自分の考えだけを追求していくことは非常に危険なことです。
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