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いまの時代、愛社精神は不要なのか?

  • 2024年9月11日
  • 読了時間: 14分

更新日:2025年10月18日

『令和6年 労働経済白書(厚生労働省)』によると、国内の就業者数は6,740万人、転職者数は328万人とのこと。計算上ではこの1年間で就業者の約5%が転職したことになります。また平成30年の同白書では「転職市場が活発化しており、加齢ととも に転職回数は増加していく傾向にある」と記載されています。終身雇用の崩壊により自身のスキルアップを目指し、転職が活発化することは企業の活性にも繋がりますので喜ばしいことかもしれません。その一方で同じ会社に長年勤めていると企業理念・文化が体に染みつき「この会社で定年まで過ごし、未来永劫会社が存続できるよう後輩にしっかりとバトンを繋いでいこう」と考える愛社精神の強い人もいます。そのような人にとってM&Aで買収した企業(以下、買収企業)の新たな企業理念・文化に賛同できるとは限りません。ちょっとしたフィクション事例を作ってみました。



背景(設定)                                        


A社は食品製造を営む創業70年の中小企業でした。地元での知名度は高く、業績は安定していました。A社は創業以来、自社の利益よりステークホルダーとの関係を大切にし、自分たちが社会に認められる存在であることに誇りを持っていました。その裏には「良いモノを創って、良い関係を築いていればお客さんは裏切らない。何かあったときに助けてくれる」との考えがありました。しかしながら数年前にM&Aを受け経営権を失いました。その後、親会社から社員が派遣され「利益最優先」の方針にシフトし、企業理念・文化は変わっていきました・・・。


ケース1 愛社精神があるベテラン従業員の流出                        


A社では少量多品種の食品を製造しています。得意先の多くが中小企業であり、これまで大手が真似できない”中規模だからこそ出せるこだわり”の商品(=差別化)を提供してきました。

しかしながらM&A後、同社は買収企業の取引先である大企業の得意先を紹介されました。

大企業は受注単位が大きいため、生産量は一気に増えます。生産量が増えた分、どこかをカットしなければ工場はパンクしてしまいます。

同社は売上高が低く、かつ生産性の低い商品アイテムを次々に終売(減産)していくことにしました。


終売(減産)のターゲットとなった企業は、小規模ながらもローカルブランドとして”高品質”と認知されているところでした。同社はこれまで、それら企業と切磋琢磨しながら自社の技術力向上に努めてきましたので、それら得意先が次々と無くなっていくにつれ、同社の技術力も低下していきました。

そもそも同社の職人には「お客さんが喜んでくれる良いものを創る」というプライドがあり、それが同社の企業理念でもありました。M&Aにより買収企業が「画一的なモノを効率的に創る」ことを優先させるに至り、自分たちの技術や後進育成は不要であると会社を去っていく職人が増えました。


大企業は供給能力と価格競争に強みがあります。機械化された工場では同じ商品を大量に生産すること、つまり少品種大量生産ができるために生産性や歩留まりが高く、1商品を低コストで製造することができます(商品のコモディティ化)。

一方で機械化されていない工場の場合、低コストで製造する上でネックになるのは人件費です。A社は機械化された工場ではありません。そのため大企業の価格帯に近づける手法として人件費の削減を始めました。

まずは買収企業の方針を盾に人事制度の見直しを行うことで全従業員の給与をカットしました。当然、納得ができない従業員は会社を辞めていきます。この時、従業員は自分たちの意思(自己都合)で辞めていくことになりますので、買収企業は退職金の上乗せや再就職支援を行うことなく、かつ違法性を問われることなく人件費の削減に着手できることになります。

一方で給与がカットされても辞めない従業員は買収会社の方針に賛同したわけですから今後、給与への不満を表立って主張することはできなくなります。

その他、給与カットと同時に配置転換と称し転勤を命ずることもありました。地方で就職する人のなかには家庭の事情や地元に愛着があることを理由に地元企業を選んだ人も大勢います。従って、転勤したくない従業員は退職せざるを得なくなくなります。この時も、従業員は自分たちの意思(自己都合)で辞めていくことになりますので、買収企業は、「M&Aによる人員整理はおこなわない企業」という実績を残しながらも人件費を削減することができるようになります。

こうして第一段階の人員・人件費の削減を進めたわけですが、次の問題として、辞めた従業員の穴埋めが必要になってきます。そこには外国人技能実習生や非正規雇用者を充当させることで人件費を削減しました。

そして人件費の削減はまだ続きます。

複数名でチームを組んでいる工程においては、各チームから強制的に人員を1名削減することで「やらなければならない環境」を無理に作り出し、気合(精神論)で乗り越えさせようとしました。

また、将来的な人材育成の一環として多能工化を目的に他部署へ異動させていた従業員を元の工程に戻すことで現在の生産効率を重視しました。

さらに、マネージャー(≒技術指導、人材育成)業務がメインだった管理者もプレイングマネージャーに変更し、なおかつ、役職を兼任させることで役職手当の削減を進めました。


昨今、プレイングマネージャーは多数存在していますし、役付者にあっても兼任自体は悪いことではありませんが、これらが有効に機能するためには、信頼できる部下が存在し、管理者の「マネージャー」業務割合を高めることができる環境であることが大前提になります。

管理者のプレイヤー業務が増えるとマネージャーとしての仕事は形だけになってしまいます。そのような環境においては人材育成や部下とのコミュニケーション、正当な評価はできるはずもありません。特に信頼できる部下がいない現場では、部下の数だけ、管理者の統制範囲が広がることになりますので、チームを纏めることは不可能です・・・しかしながら、残った従業員は買収企業の方針に賛同しているわけですから我慢するしかありません。前向きな姿勢ではなく、後ろ向きな姿勢で業務することになります。


人件費の削減以外では、長年こだわってきた原材料を変更することによって仕入れ原価を削減したり、工場運営経費のなかでも金額が大きい修繕の先延ばし設備投資の抑制、挙句は作業手順や品質基準を見直す(カットする)ことで工数当たりの時間削減にも着手するなど、力業で大企業の価格に近づけようとしました。

経費の見直し自体は、全く問題ありません。問題は、”削減によるリスク”を甘く見ていることです。

原材料に関しては商品の品質を決める重要な要素になりますが、ブランド力さえあれば、こだわりを捨ててもお客さんは気づかないと・・・また、壊れたあるいは壊れかけた機械、設備であっても製造に影響が出なければ、お客さんは工場の中を見ることができないので問題ないと・・・食品安全はやればやるだけ安心に繋がりますが、明確な線引きがあるわけではないので多少基準を落としても安全に影響はないと考えました。

このような考え方は、もはや以前のA社ではありません。ベテラン社員の退職が相次ぎ、残った従業員のモチベーションや品質の低下(ブランド力の低下)を招きました。


ケース2 愛社精神がない転職者の流入                            


買収企業が進めようとしたことは、戦略の変更(多品種少量生産(=差別化商品)から少品種大量生産(=コモディティ商品)へシフト)になります。

戦略の変更は極めて難しく、熟考した上で進めなければ失敗する可能性が高くなります。そのためのノウハウも必要になります。


ところで買収企業には、有名な上場企業からの転職組が多数在籍しており、そこから大企業のノウハウを浸透させることを目的に、有名企業出身の転職組が同社に派遣されました。

転職組は、横文字や難しいビジネス用語を多用する類の人格者で、その意味が理解できない同社に対しては、「大企業では当然のように理解し、実践できていることが、この会社はできていない」と見下していました。”できていないこと”については、同社にもできない事情があったわけですが、そのことを反論しようものなら、言い訳と捉えられ一蹴されました。これでは会話は進みません。

また困ったことに、転職組は各々の出身企業での経験論に基づいたノウハウを三者三様、同社に落とし込もうとしました。

上場企業には様々な業種や規模の企業が何千社も存在しています。当然ながら企業の数だけ戦略は存在します。右に行って成功した企業もあれば、左に行って成功した企業もありますし、事業を拡大して成功した企業も、逆に縮小して成功した企業もあります。転職組は自身の出身企業の専門的知識が基準になりますので、ある人は「右に行け」と言い、また別の人は「左に行け」と言うことがバラバラでした。

仮に同じ意見だったとしても、それが大企業だからできていたことを知らないケースもありました。中小企業は経営資源に乏しく、認知度も信頼も大企業とは大きく異なります。それを自身の経験だけで指示されたところで、簡単にできるものではありません。A社が置かれた現状をきちんと理解し、その上でA社ができることは何かを思案し、A社にとって最適な提案をしなければ画餅で終わってしまいます。それを「俺はやってきた。お前たちは何でできないのか?」と叱責されては信頼関係が失われるだけです。

転職組は上場企業で培ってきたスキルを買われて転職した手前、結果を出すこと、アピールすることが最優先になっていました。

結局、転職組は指摘するだけで何ら解決することはなく「できないことが悪い」と責任をA社に押し付けた報告を買収企業におこない、残ったA社の従業員はストレスだけが溜まるだけの結果(言われ損)になりました。


戦略に関する補足                                      


多品種少量生産する工場は、様々な変更が可能であることが強みになります。

企業は全国に約360万社あり、そのうちの99.7%が中小企業です。中小企業は様々なこだわり、色を出すことによって大企業との差別化を図っていますので、「如何にして大企業との差別化を図っていくか?」これが中小企業の悩みごとになります。

従って、背伸びすることなく、同じ規模・同じ悩みが共有できる企業と付き合う方が、大企業と競争する際には優位に働きます。

しかしながら、得意先の悩みごとにすべて対応していくことはできません。すべての悩みごとに対応していくと、時として得意先の数だけ商品アイテムが増え、その分ロスが多くなることもあります。

つまり、多品種少量生産で中規模レベルを維持するのであれば、アイテムや原材料の統廃合を進めながらも、大企業と差別化が図れるラインを守ること、これが必要になります。


一方、中小企業としての強みを捨て、大企業と同じ土俵で戦うのであれば「多品種少量生産から少品種大量生産へシフトすること」、またそのために「機械化や原材料の共有化していくこと」、「得意先を変更していくこと」が戦略上必要になってきます。

その考え方自体は全く問題ありません。マラソンで第2グループのランナーが第1グループに入ろうとする際、ギアチェンジするのと同じです。大企業も元々は零細企業からスタートし、一時的にも中小企業だったはずです。そこから大企業になるためには多少なりの犠牲があったと推察します。

ただ今回のフィクションで注目していただきたいことは「経営が安定しており、歴史とブランド力がある中小企業を敢えて大企業が望む工場にシフトさせる必要がほんとうにあるのか?」ということです。

例えば市場が縮小し赤字が続いていた企業を買収し、その企業再生のために大規模な改革を行ったのであれば全く問題ありません。


では、なぜ買収企業はそのような戦略を選んでしまったのか?

答えは簡単です。買収企業がそのような戦略をとっていただけのことです。つまり「A社の強みは我々の知ったことではない。我々の事業はこの方法で成功しているのだから、お前たちもこの方法に従えばもっと利益が増えるはずだ」と。

「大企業のように機械化された工場の強みは何か?」
「中小企業のような多品種少量生産で職人が製造する強みは何か?」

新しい企業を経営するのであれば、まずは現状分析をしっかり行う必要があります。その上で現在の強みを捨ててまで大企業をターゲットにすることのメリット、勝算をしっかりと捉えていただきたいものです。


まとめ                                           


ケース1では”愛社精神があった従業員”、ケース2では”愛社精神が無い転職者”について記載しました。


ここでお伝えしたかったことは「愛社精神が無い(無くなる)と組織は崩れていく」ということです。なお、ここでの愛社精神には「この社長(人)のために働きたい」と言う想いも含まれます。


バーナードは組織の維持に必要な3要素として「共通の目的」「貢献意欲」「コミュニケーション」を挙げています。「共通の目的」とは企業理念・文化や社長の熱い想い、「貢献意欲」とは従業員のプライドやモチベーション、「コミュニケーション」とは職場環境や相互理解とも言えます。


ケース1では、企業理念・文化が変わっても、新社長が新たな体制で将来の夢を語り、具体的なビジョンを従業員に伝え、理解させることができれば、退職者は出なかったかもしれません(共通の目的)。

職人に対しても、熟練された技術がこれからのA社には必要であり、その技術を新たな体制で活用できる方法を模索していれば給与が下がっても退職しなかったかもしれません(貢献意欲)。

買収されたことを旗印にA社の企業理念・文化が次々と変えられてしまっていては従業員の不満は募っていくばかりです。一方で社長は現場に向き合うことはなく、職制に従って指示命令していることの正当性を説き、問題はないと主張する。従業員の不満はいつか爆発します。お互いの立場を理解し合い、本気で向き合うことができていれば状況は変わっていたかもしれません(コミュニケーション)。


ケース2では、転職組はA社に無かった知識や経験を職種のプロとして享受することが役割なので企業理念・文化に愛着が無くても使命を果たすことはできたはずですが、うまくいきませんでした。

理由は「自身の結果を出すこと、アピールすること」を最優先に考えていたからです。

企業には様々な人が様々な想いで働いています。例えば、お金を稼ぐため、今の仕事が楽しいから、人間関係が良いから、自宅から近いから、お客さんから感謝されることがうれしいからなど、決して転職組の価値観である「スキルアップしたいから」や「評価を得たいから(より多く稼ぎたいから)」だけを目的に働いている訳ではありません。

転職組の価値観を持ってない人に、その価値観を押し付けたところで、そもそもの価値観が違う訳ですから、噛み合わないのは当然のことです。

転職組が職種のプロとして自身の知識や経験を浸透させる方法として、例えば「A社の商品を全国に知ってもらいたいと思っている。そのためには纏まった資金が必要になる。しかしながら今の効率では利益は上がらない。従業員には一時的な痛みを強いることになるが、A社を発展させるために是非とも協力してほしい」と具体的なビジョンを示せば、賛同する従業員もいたかもしれません(共通の目的)。

ではなぜそのようなことができなかったのか?理由は簡単です。大企業出身であるプライドがあったからです。転職組が大企業出身であることのプライドがあるように、A社にはA社の、地方には地方の、現場には現場のプライドがあります。それを買収企業だから、大企業出身だからと小馬鹿にした物言いでは人はついてきません(貢献意欲)。

論破することに喜びを覚える人と話していてもストレスだけが溜まるだけです。対話しようとは思いません。A社の一員として現状を理解した上でA社に最適な戦略を提供したなら協力者はいたかもしれません(コミュニケーション)。



「いまの時代、愛社精神は不要なのか?」と題し、長々と記載してきました。結論としては「愛社精神は必要(共通の目的)」であり、さらに従業員とのコミュニケーションを通じて、貢献意欲を高めていくことが必要になります。


冒頭で「転職が活性化している」と記載しました。

転職する人は、新たな会社ではゼロからのスタートになります。そのなかで自身の強みと言えるものは「前職で培ってきた知識と経験、実績」になると思いますが、結果を急ぐあまりそれを全面的に押し出しすぎると失敗に終わります。組織は生き物であり、その組織を構成する人の協力が無ければ、何も変えることはできません。あくまでも組織は「共通の目的」「貢献意欲」「コミュニケーション」で健全化しますので、そのことを忘れないようにしていただければ幸いです。

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